少し古い話になるけど、写真をいただいたので改めて報告。

5月20日、連合埼玉朝霞東入間地域連絡協議会のみなさんと福島第二原子力発電所を視察した。

福島第二原発は福島県双葉郡楢葉町、富岡町をまたぐエリアにあり、3.11で被災して以来、運転を停止している。ただ核燃料自体はまだそこにあり、東京電力の社員が保守管理や復旧のため発電所内で働いている。

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 これは訓練用にダミーとして作ったモニター設備。3.11後に作られた。

今後の災害に備え、電力供給や通信設備が途絶えた場合にどのように対処すればいいのか、訓練を重ねているそう。
作業員が懐中電灯を常に持ち歩いていたり、電源車を高台に配備するなど、3.11の教訓をもとに新たな災対策が取られている。


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 上の写真は、原子炉格納容器の上。防護服を着て見学させてもらった。
福島第二原発は4機の原子炉があり、視察したのは3号機。国産の大手原発メーカーの原子炉で、すぐ隣にある使用済み核燃料プールも見下ろせる。


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格納容器の下。制御棒の駆動とモニター用のケーブルがたくさん下がっている。
放射線量は、何もない場所に比べてちょっと高め(らしい)。


福島第二原発は、第一原発のような大きな事故にはならなかったものの、3.11では津波で被災し、送電系統の一部が喪失。原子炉を冷却するポンプ3機と電源も水につかって使えなくなった。
 
ただ第一原発との大きな違いは、幸いにも原子炉のモニターする電源が生きていたこと。
 
とにかく原子炉を冷却することが必要と現場が判断。
発電機と電源ケーブルを自衛隊の力を借りてヘリコプターで届けてもらい、総延長9kmもに及ぶケーブルを社員が人の力で引っ張って敷設。冷却ポンプを動かし、冷温停止することができた。

あと2時間遅かったら、福島第一原発と同じようにベントせざるを得なかったらしい。

震災で混乱し、情報も十分でない中、家族の安否すら分からない人もいただろう。現場の機敏で適切な判断と努力にただただ頭が下がる。


福島第二原発のある楢葉町、富岡町周辺は避難指示解除準備区域に指定されている。

周囲には店も民家もあるが、人の気配がない。日中は自由に出入りができるが、宿泊することができない。住むことができないのである。

福島第二原発で働く人も、震災前は多くが楢葉町や富岡町など周辺に住んでいたが、今はいわき市に移り住んだり、単身でJ-ビレッジ内の寮に住んで、職場まで通っているそうだ。

原発で働く人もまた、被災者。早く平穏な日常が訪れることを祈っている。